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日向の縁側、眠る猫。

真夏の黒猫によるブログ。 ゲーム、漫画などを中心にしています。かなりディープな趣味の方向け。

そこに立つこと。


今回は自分語り率高いです。そういうのが苦手な方は回れ右でお願いします。
ただ当ブログに時折立ち寄って頂けるメンタル関係のブログの方や教育関係のカテゴリーの方には少し見てもらいたいかもです。
(いつもながら何故そんな崇高なカテゴリーの方が見ているか不思議ではあるのですが)




最近の事件を見ていて、何となく思ったことと、自分が辿った道筋を振り返るような話。




色々痛ましい事件が続いてますよね。

毎度お馴染みの「犯人の部屋からテレビとゲームが出てきた!」みたいな話も。

ニュースやネットの反応を見る限りこれについては「流石に無理が」と冷静な意見が多くてホッとひといき。
テレビやらゲームの影響、というよりそこに至るまでの全てのものの影響の割合を考えるべきだと思うんですね。

こういう時に割とアニメやゲームなどのサブカルは叩かれがちですが、「モノに寄るんじゃないかな?」というのが今回の趣旨。




一緒にクローズアップされている中高年の引きこもり問題。


事件とは切り離して考えるべきという点は当然として。

年齢が近いと色々なことを考えてしまいますよね。

一人一人の実情は知る由もありませんが、皆それぞれ何らかの理由で挫折して立ち止まってしまっていると。

このことを考えたときに、黒猫の現在の職業についてはおかげ様で何とかなっていますが、「一歩間違えれば自分も」というイメージだけは拭えない。

正直に言えば、過酷ながらも今の仕事に耐えぬいている理由の背景に、「外食が好き」という明るい向きの裏側に「性格的に一度折れたら二度と戦えないから絶対に逃げない」という感覚があったことは確かです。

思い返すに小学生くらいの頃は元々ネガティブな方だったと思います。人と話すのも苦手。

だから他人との距離感が掴めず友達もあんまり出来なかった時期も。
で、漫画やら小説やらを読みふけってそっちの方に傾倒したと。

で。

オタク方向の友達は出来ていくんですよね。
今でいうクラスの最下位カースト?みたいな地位。

漫画やゲームが好きなことには変わりなかったんですが、「普通の人と上手くやれない自分」が凄い嫌になって、確か漫画の「マスターキートン」あたりであった「弱い自分が許せなかったから軍隊に入った」(だっけ?)主人公に影響されてどういう訳か運動部に入っていくという。

そこからは割とそれをきっかけにクラスのメイン層と「上手くやる技術」を見につけていきそれなりに世渡りを覚えた気もするんですが。

やっぱり自分の心の「芯」は怖いんですよね。


今風に言えばクラスのカーストをどんどん上っていくんですが、自分で認識している正体はネガティブでどうしようもない自分。
それを取り繕ううちに表面的には「それっぽい人間」が出来上がってしまう。
けど「芯」がないから自分で自分が何者なのかよく分からない。

確かその頃だったと思うんですが、ラジオか何かをきっかけに林原めぐみさんのアルバムを買ったんですよ。

このブログでいえば、ドラゴンズドグマオンラインのミシアル役やナレーションの人。
世間的には綾波レイやコナンの灰原かな。

今でこそ声優さんが楽曲を出したり書籍を出したりというのは当たり前ですが、多分林原さんがパイオニアだったような気がします。
ヒカキンとかキズナアイのような草分け的存在。

ラジオ番組なんかも毎回聴いて、CDや書籍はショップで予約して。

この頃はまだ黎明期で基本「声メイン」だったので、ラジオ番組の内容と歌を聴き漁るのが主。
本人がどんな顔をしているかなんかはCDを購入してジャケットでようやく分かるくらいの距離感。
だから今の「ガチ恋勢」みたいな感じではなくてただただ声が聴きたくて購入していた感じ。

それとラジオの内容も、ハガキに合わせて面白いトークをする他にも、当時の進路に悩む学生などを相手に自分の人生に照らしたアドバイスをするような、姉御肌のパーソナリティだったと思います。

元々歌唱力は高い方なので、それこそ「当時の」オリコンでランキングに食い込むくらいの歌を聴き入ってました。

何枚目のアルバムあたりからかはもう忘れましたが林原さん自身が書いた詞が楽曲に増えてきたのですが、今思えばこの「詞」が自分の人生の要所要所で「いい方向」に影響したのかなあ、と。

ブログのために聴き返してよくよく考えたら聴く自己啓発みたいな歌詞がかなり多いんですよ。

具体的な歌詞を書くとなんか今イロイロややこしいみたいなので、「作詞がMEGUMIとなっている曲」とだけ。
特に

「Proof of Myself」
「~infinity~」

あたりは現在聴いても色々ストンと「腑に落ちる」歌詞。

ちなみにアマゾンプライムに入っていたら大体の曲がアマゾンミュージックで好きなだけ聴けるので、興味が出たり「なんだそりゃ」と思ったら一度聴いてみて欲しいですね。

全体的に、

「前向きに、力強く」

「自分の弱さも否定せずに受け止める」

「強さは苦しみと楽しみを積み重ねた先に構築されるもの」

というメッセージを得られる気がします。

評論家ではないので何とも言えませんが、少なくともそう黒猫は受け取りました。





話を戻して。

こんなふうに、サブカル的なものでも前向きな影響を与えるものはいくらでも転がっているんですよね。
漫画で言えば以前のブログで紹介した銃夢や企業戦士YAMAZAKIもそう。

自分はたまたまそういう時期にそういう作品や歌や人に「出会えた」からまだ幸運だったのかも知れません。


今社会的に問題になっていることは個々の事情もあり、画一的な解決策などないのかも知れませんし、挫折している環境にあると「良くも悪くも自分全てを呑み込む」ことが苦痛になってしまうのかも知れません。

なので分かった風なことは書けませんが、今動けなくなっている数十万人の方のほんの数人数十人だけでも万が一自分のところに面接に来たら、アルバイトとはいえ採用を担当する人間の一人として履歴に左右にされず「その人自身と」向き合ってみたいと思います。



【読み返して】

なんか夜中に書いて翌朝バタバタする内容に見えなくもないけど、最近オタっ気がない生活が増えてきてサブカルから少しずつ遠ざかってきているのである意味自分の原点になっている林原めぐみさんのくだりはブログに一回書いておきたかったんですよ。
もちろん今の声優さんも素晴らしい方がいるとは思いますが、林原さんもホントに凄かったんです。
声がどうこう以前に「一人の人間として、考え方に共感し尊敬できる」って感じで。

今思えば、多分これが「プロ」なんだなと。

一つの職業を通じて人格を形成していき、理想形に到達する、という感じでしょうか。

だからこれほどハマっていても「声優になりたい」とは思いませんでしたね。

職業を真似るのではなく、生き方や考え方をなぞりたいと思ったので。

あ、一応補足ですが今声優さんを目指して頑張ってる方を揶揄した内容ではないです。
あくまで「当時の自分」が思ったこと。


【次回は】

ドラゴンズドグマと並行して、折角買ったし続編の発売日も延期した(血の涙)し、シェンムーに斬り込んでいこうかなと。

オープンワールドの「祖」というこのゲーム、当時を知っている方も結構少ないし。
そのあたりのことも書けたらとおもいます。


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  1. 2019/06/07(金) 03:09:17|
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黒猫少年の軌跡。


よく、○○年から○○年生まれの人間は

「ゲームの進化を目の当たりにしてきた世代。幸せなことだ」

というネットの話を見かけます。

勿論、黒猫も今想えばそうだと断言できます。










しかし当時のリアルタイムでは様相は変わってきます。
場合によっては所持ゲーム次第で人間関係にまで影響を及ぼす訳です。

つまり言い換えれば、

「凶悪なゲハ(=ゲームハード)戦争に巻き込まれた人生」

とも言えるとか言えないとか。






【時代背景】



①基本的にゲームは遊びの要素のなかの一つでしかなかった。

野球やる?ドッヂボールやる?ゲームやる?という感じ。



②当然、世の大人からすればゲームは

「子供がねだってくる高価なオモチャ」

程度の認識。


実際にゲームの総称を「ピコピコ」と言う親もいた。彼らにとってはファミコンだろうがゲームウォッチだろうがスーパーファミコンだろうが総て「ピコピコ」
全くピコピコいってなくても「ピコピコ」なのである。




③その高価なゲームを子供たちが入手するタイミングは誕生日、クリスマス、お年玉などのビッグイベントしか無い。
ハード購入にいたってはそれらを全て合わせるという離れ業に頼るという方法くらいしか手段がない。



④現代のように通信機器が発達していたわけではないので、ゲームソフトの情報は友達や本屋。
高価なソフト購入にはかなりのギャンブル性が伴う。

つまり、一度クソゲーを手にしてしまえば向こう3~4ヵ月、最悪半年以上はそのクソゲーと格闘することになる。
「たけしの挑戦状」に半年間挑戦状を叩きつけられ続けた猛者もいた。



⑤敵もさるもの、その状況を利用して次のソフトを入手しづらくする親も。

「まだそのゲーム終わってないでしょ!」

まさに無理ゲーである。

(ただし、親もゲームのエンディングなどについて多少知識が必要だったためレアケースといえばレアケース)



⑥学校などでは当然人気ソフトの所有者が話題のイニシアティブをとることになるが、現在のように、ゲームメーカーがハード間で多くの同じタイトルを提供するのはプレステやサターンの時代あたりからである。

つまり、所有するハードの選択を間違った時点でゲームの話題から取り残されるというバッドエンド直行ルートに突入する。

ファミコンやPS2などの誰でも分かる「覇権ハード」の時代はともかく、過渡期のハード選択は特に難しい。




と、これらの背景とうろ覚えの記憶を元に黒猫の数奇なゲハ戦争史について触れていきたいと思います。





【第1話】


「黒と白の葛藤」


まずはゲハ史の前に前菜的な話題。
そこから始めたいと思います。
(長くなったので前後編に分けます)


1986年5月21日

ファミリーコンピュータ、ドラゴンクエスト発売。



アクションゲーム全盛期に「RPG」というジャンルに切り込んだ、誰もが知っている国産RPGの原点。

今思えば黒歴史以外の何物でもありませんが黒猫はこの「ドラゴンクエスト」の大ファンでした。
ファンを通り越して信者といった方が正しいかもしれません。

ゲーム以外にも攻略本はもちろん、鉛筆やペンケース、「モンスター物語」「アイテム物語」などのサイドストーリー本。
とにかく身の回りのものがドラゴンクエスト一色でした。本当に痛い。痛すぎる。

今でもドラクエは好きですが、とにかく常軌を逸したハマり方でした。



1987年1月26日。

ドラゴンクエスト2発売。



僅か半年で発売された続編。
初のパーティプレイ、現在でも語り継がれる高い難易度。
(一説には子供たちの話題のためにこの難易度にしたのだとか)

この頃にはもうどっぷり。
とにかく暇があれば電源を入れ、ノートには大量の「ふっかつのじゅもん」。
友達と連絡をとりあい、紋章を探す毎日。

しかし翌年。

ドラクエ信者と化した黒猫に、友人からある情報がもたらされます。



1987年12月18日

ファイナルファンタジー発売。



のちに国産RPGのライバルシリーズとして凌ぎを削るシリーズ第1作が登場。

しかしながら当時は全盛期だった「週刊少年ジャンプ」に全面バックアップを受けている圧倒的ドラクエ時代。



※1988年当時の週刊少年ジャンプ連載中タイトル

ドラゴンボール
燃えるお兄さん
聖闘士星矢
シティーハンター
北斗の拳
魁男塾
ついでにとんちんかん
ジョジョの奇妙な冒険
キャプテン翼
こちら葛飾区亀有公園前派出所
山下たろーくん
ゆうれい小僧がやってきた
ゴッドサイダー
THE MOMOTAROH

当時は「読まないページはない」と言えるほどの強力ラインナップでした。

子どもたちにとってはどんな広告媒体よりもジャンプに載っている記事のほうが宣伝になります。


こんな中での船出だったFF 。
今も続くビッグタイトルの初作はそれほど注目を浴びていなかったと思います。



FFはFFで、「ドラゴンクエストとは違うRPG」の探求の旅を始めたところです。

そんな中。

「何かすっげえゲームが出たらしい」


ある日クラスの中でFF1を購入した子が早くもゲームをクリアし、その楽しさを口コミで伝えていたのでした。


実際にFFを見たのはその少し後。

RPGをまだ理解していない残念な黒猫はこう考えました。




「ドラクエのパクりじゃん」



FF1はシリーズ第1作にしてジョブの概念、上級職へのクラスチェンジ、レベル別魔法の概念など、どちらかといえばウィザードリィに近い本格的RPGでしかも当時としては画期的だったバッテリーバックアップも搭載。



これだけ詰め込まれた名作にも関わらず「パクりゲー」の烙印を押す黒猫。アホです。

「戦闘アニメも大したこと無いし、なんだよシーフって。泥棒じゃん、役にたたないじゃん」

寝癖丸出しのサマルトリアの王子のほうが中途半端で使えない気がしますが

※シーフはクラスチェンジで忍者に。最強剣マサムネを装備可能です。


まだまだFFも登場したばかり。
知名度もそこまで高くありません。

こんなパクりゲームにドラクエが負ける筈はない。
頼まれもしないのにエニックス社員のような満足をする黒猫。

更にドラクエ熱を急上昇させる出来事が。

1988年2月10日。
まさに伝説となったソフト

「ドラゴンクエスト3~そして伝説へ~」発売。




多数の職業、転職による能力の継承、そして何より「実はドラゴンクエスト3=ドラゴンクエスト0だった」という壮大なストーリー。

発売日にはゲームショップに人が押しかける社会現象に。



確か黒猫は発売日に間に合わず、1ヵ月遅れくらいで、しかも抱き合わせ販売で入手して悔しい思いをした覚えが。

当時はまだゲーム専門店が少なく、「おもちゃ屋」がゲームショップを兼ねていたため地域に入るゲームの数があまり無かった時代でしたね。




※抱き合わせ販売

超人気作とクソゲーをセットにし、単体での販売を断る在庫処理を目的とした鬼畜販売方法。現在では禁止されている。





社会現象さえ巻き起こしたドラクエ。

クリア後もレベル上げを続ける黒猫にまた一報が。



1988年12月17日。

ファイナルファンタジー2発売。




ここから、学校内での強力な地殻変動が起こり始めます。

(続く)

  1. 2018/02/01(木) 19:29:13|
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古い話をしましょうか。







今回はゲームについての回顧録です。
結構ガチでマニアックな話ですので、そういう話が苦手な方はスルーしてください。











「ロードス島戦記」について少し触れましたが、皆さんは「テーブルトークRPG」はご存知でしょうか。

RPG=ロール・プレイング・ゲーム。



海外で生まれたこの遊びの発端は、元々は「ルールのついたごっこ遊び」でした。




黒猫がそのゲームに触れたのはもう20年以上前。携帯電話はおろかポケットベルすら存在しなかった頃です。


当時、家庭用ゲーム機はスーパーファミコンが主流で、プレイステーションとセガサターンが出ようかというあたり。

「ドラゴンクエスト」で初めて剣と魔法のファンタジーにハマり、その後Wizardryやファイナルファンタジーにハイドライド。果ては伝説のクソゲー、覇邪の封印まで遊ぶだけでは飽きたらず、ゲームブックを読みあさっていた時に出会ったのが「ロードス島戦記」です。

角川スニーカー文庫からの発売で、今でいうラノベのハシリのような作品でしょうか。

もう、剣と魔法さえ出ていれば何でも良いみたいな、かなり偏っていた時期でした。
(Wizardryの「隣り合わせの灰と青春」とか今知っている人いるのかなぁ)

毎日毎日学校の帰りに大きな書店に立ち寄っては新刊の発売日を探していました。

今は信じられないかも知れませんが、これほどマニア方面に足を突っ込んでいても学校でいじめのようなものは受けませんでした。
運動部に所属していながら文化系にも友達がいるという不思議な状況でしたね。

(私見ではあるのですが、そういう「嫌悪」はテレビに出ていた「オタク」の語源となったマジックハンドの某芸能人評論家や犯人が死刑に処されたあの凄惨な猟奇事件が発生した頃に助長されていった気がします。)

そんな感じでマニア方面にドップリハマっていたので、「ロードス島戦記」本編の小説以外も色々と手を出しはじめます。

そこで目を惹いたのは

「ロードス島戦記、リプレイ」

と銘打たれた一冊。



本を開いてみると、中に書いているのは演劇の台本のようにト書きがつらつらと300ページほど。

試しに購入し、読み始めて内容を知り衝撃を受けました。


【テーブルトークRPG】

本の中で描かれていたのは、テーブルトークRPGの進行の内容を紙に書き起こして本にしたものでした。

このゲームは、複数のプレイヤーと1人の語り部(ゲームマスター=GMと呼んでいた)で行う会話式のゲーム。



GMが現在おかれている状況を説明し、プレイヤー達が行動を決める。
難しい行動や戦闘行動などは予め決めておいたルールにのっとり、主にサイコロで判定する。



そういう内容でした。
普段使わないような、「8面体」や「12面体」のダイスなどを使うのも特徴です。



つまり、GMが用意すれば剣と魔法、ドラゴンに英雄。どんな世界も思いのまま遊ぶことが出来ます。

スーパーファミコンも技術が進歩して、画面が綺麗になってきたりはしていたのですが、この「テーブルトークRPG」の持つ自由度と衝撃はあっという間に黒猫の心を鷲掴みにし、「一回プレイしてみたい」とひたすら思うようになりました。

そこで、当時「ゲーム仲間」だった友人達に声をかけ、集まることに。

勿論、最初は皆初心者なので事前に購入していた「ロードス島戦記、ルールブック」に書いてあった既存のシナリオから遊ぶという話に落ち着きます。





おっかなびっくりプレイしてみたのですがこれが思いの外楽しく、展開はどんどん拡張。
ゲームのルールも次へ次へと複雑化し(ロードス島戦記は比較的初心者でも遊び易い、分かりやすいルール設定だった)ソードワールドRPGや海外翻訳のダンジョン&ドラゴンズにいたるまで、学校を卒業するまでの数年間毎週のように集まっては遊んでいました。

黒猫がGMの担当になった時には何故か剣と魔法ではなく、「ラプラスの魔」で有名なゴーストハンターシリーズを展開していた覚えが。


最初は一回で完結するような短い話でしたが、だんだん慣れてくると三話や四話と長いキャンペーンに。

ゲーム機も進化し、オープンワールドに代表される自由度の高いゲームやオンラインRPGが当たり前のように手に入る時代になりましたが、当時は当時で「空想の中の自由度」を満喫できたいい時代だったと思います。

机の引き出しには、当時使っていた8面体ダイスが今でもしまってあったりするんですよ。

技術が進歩し、なかなか今のゲームファンの方々にはプレイする機会は無いかも知れませんが、原点を知っておくのも面白いかも知れませんね。

というマニア話でしたが、これを「黒歴史」と言って恥ずかしがるのはちょっと違うかなと思うので、少しブログのネタにしてみました。

ゲームに縁のない方も、かつてのゲームファンの姿を知っておいて頂けたら幸いです。










  1. 2016/02/20(土) 01:55:08|
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残りの話は。


さて、ここからは発売順を気にせず、ファミコン思い出あれこれを。

「ロードランナー」



黄色のカセットが眩しかった。
本編よりもエディットが大流行。
「それっぽく見せておいて、実はクリア出来ない」という謎ステージをいかに作るかが勝負所でした。






「バンゲリングベイ」


ヘリを操作する、シミュレーション要素がある、など斬新な作品でしたが「ブッブブブブッブ」という謎BGMばかりが気になった記憶が。








「ギャラガ」


ゲーム自体はインベーダー系の作品でしたが、大抵地方の旅館などのゲームコーナーで見かけるため、温泉卓球のような慕情を呼ぶ作品。







「影の伝説」


せっかく姫を助けても、逃げている真っ最中に敵に姫を奪い返されるという詰めが甘すぎる主人公が印象的。







「キャプテン翼」


サッカーボールがネットを突き破り、コンクリートの壁にヒビを入れる。
かと思えばそのシュートを片手で止める。
石崎くんはいつも吹き飛ぶ。
「ガッツが足りない」は永遠の流行語。






「聖闘士星矢~黄金伝説~」



発売当時、週刊少年ジャンプ紙上ではまだ「聖域十二宮編」の途中だったのにラスボスどうすんの、と思っていたらオリジナルキャラで超ガッカリ。








「ボンバーマン」



あっ。











「ケルナグール」


実はかなりの名作。「最初はジャンプもしゃがみも出来ず、中段突きしかない」ことにも驚くが、「主人公からラスボスまで全員が1ドットも狂いなく同じ顔」という恐怖。





まだまだ沢山あるので一旦ここまで。
続きはまた次回に。

  1. 2014/07/27(日) 00:47:37|
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やればやるほど。


さて、古きよきゲームについて再び。

今思えば、ファミコンほど周辺機器が発達したハードはなかったのではないでしょうか。


例えばこれ、ジョイボール。
球体部分がレバーの代わりになっており、直感的な操作が可能なんだとか。



いや、絶対ムリやろ。





次にこれ。
「ファミコンロボット」
テレビのキャラクターと連動してロボットが動くと。




まぁ、ブロックを左右に動かすだけなんですが。






そしてサルのごとくプレイした、「ハイパーショット」







足でプレイする「ファミリートレーナー」に・・・






3Dホットラリーは名作でした。考えたらこの頃から任天堂は3D分野に興味があったんですね。「3Dシステム」です。




そして最強の周辺機器といえばこれ。



「ファミリーコンピュータ、ディスクシステム」です。


パソコンとは違う独自規格ではありましたが、ファミコンより容量に優れたディスクを使用した画期的なゲームマシンでした。





名作として語り継がれ、数々の続編を生み出したシリーズの産みの親でもあります。







当時は確か、一大ヒットを飛ばした「スーパーマリオブラザーズ2」をキラーソフトとして販売していたはずですが、店頭で見た「ゼルダの伝説」のタイトルに流れる音楽に感動したものです。


思えば「ゼルダ」に「メトロイド」、「悪魔城ドラキュラ」など、本当に息の長いシリーズになったものですね。



さて、しかしながら周辺機器ということは、それなりにお金もかかるものです。
いくらバブル期といっても、全国のお父さんの財布がピンチです。

それを読んでいたのか、任天堂はまさかの戦略をとります。





当時は各おもちゃ屋さんに一台あった「書き換えマシン」です。

なんと、手持ちのディスクを1作500円で別のゲームに書き換えてくれるという夢のようなシステムです。


書き換える以上、前のゲームはなくなります。
しかしながら500円という安価で次から次に新しいゲームをプレイ出来るのです。
・・・どうやって開発費を回収したんでしょうね。

ゲームの容量によっては、面に1作、裏に1作と2本のゲームを1枚のディスクに入れることも出来ました。
もちろん、合計1000円取られるわけですが。



「悪魔城ドラキュラ」


「スーパーマリオブラザーズ2」



「ふぁみこん昔話・新鬼ヶ島前編/後編」



ちょっとマニアックですが、「クレオパトラの魔宝」




絶対数が少ないとはいえ、ディスクのゲームには外れが少なかったと思います。


機会があればまたプレイしてみたいですね。





  1. 2014/07/02(水) 00:07:24|
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